(2022年4月)

◆カンボジアで働いていて大変なこととは

司会 2回目の今回は、岡和田学(おかわだまなぶ)院長と産婦人科の杉山彩子(すぎやまさいこ)先生にお話を伺います。まずは、カンボジアのサンライズジャパン病院で働いていて大変なことはなんでしょうか。

サンライズジャパン病院 岡和田学院長、杉山彩子医師

(サンライズジャパン病院 岡和田院長(左)、杉山医師(右))

岡和田: (教育には時間がかかる)

我々の事業の目的のひとつに、現地の医療人材育成があります。我々が指導を行った人材がさらに若手を育成していく、いわゆる屋根瓦式のOn the Job trainingOJT)をイメージしています。しかしそれが中々時間を要するのが実状です。開院して既に5年経過し、医療の知識や技術の獲得には十分な経験ができていますが、実践で患者さんに提供できている医療サービスレベルはまだまだ不十分な状況です。人材育成には日本の3倍くらいの時間がかかるのではないでしょうか。

それはカンボジアの教育システムに課題があるのかと思っています。OECDの調査の中に、PISAという国際的な学習到達度調査があり、15歳児の読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野を調べるものがありますが、カンボジアは、情報を比較したり要約したりする力が弱いようです。小学校からの教育で、文章は長ければ長い方が良いと教えられ、要点をまとめる学習や論理的に物事を考えてディスカッションする機会が少ないといったことも聞いています。

PISA国際比較PISA学習到達度調査国際比較(2015)

(医療費の支払い)

カンボジアの医療保険システムはまだ途上段階です。コロナの流行以降は民間の医療保険への加入者が増えていますが、当院を受診される患者さんでも加入者はまだまだ少数であり、民間保険の利用が可能な当院でも自費診療が主体となっています。当院の価格帯は決して富裕層向けではなく、中所得者でも手の届くものとしていますが、例えば脳外科手術の患者で治療費が理由で治療継続できず、心苦しい限りですが手術後に早期退院してしまうケースもあります。中には、土地や牛を売って治療費を払う患者さんもいます。医療費を免除したいところですが、病院経営上、我々は存続し続けることが最重要ですので仕方がありません。将来の医療システムを考えると安易なディスカウントや補助を行うのではなく、限られた資金、医療費の中で対応可能な最善の医療を提供ることも教育の一環ととらえています。しかしながら、カンボジアの医療事情を考慮し、CSR活動の一環で当院でも治療費を少しでも補填できればとのことから、“あかひげ募金”を運用したり、企業寄付(抗がん剤寄付)を受けたりで対応しています。

 (受診が遅れがち)

ポルポト政権時代に現地医療者が大量に減ったことから公立病院への信頼性が下がり、自己判断で安易に街中の薬局で薬を買い、誤った治療をしている現状があります。街中には多くの薬局があり処方薬も売っています。そのため、どうしても医療機関での受診が遅れてしまい重症化してしまうケースや誤った服薬方法などによる合併症もよく目にします。当院でも日本では経験したことのないような生活習慣病の重症者も多く、また緊急で救急外来を受診されるケースの中には、巨大な脳腫瘍による神経障害や激しい頭痛例が何年も放置されているような状況がまだあります。日本でも課題となっていますが、予防、健診、早期治療などの患者教育がこの途上国では医療費軽減のためにも急務だと考えています。

司会 杉山先生はいかがでしょうか。

杉山:(立ち上げ時の苦労)

産婦人科のスタッフ

産婦人科のスタッフへの指導

2020年9月に婦人科、11月に産科を立ち上げたのですが、機材や病棟の物品の調達、薬剤の調達などあらゆることを自分の責任でカバーしなければなりませんでした。麻薬などは入手困難なものもあり、いろいろと代替手段を模索しながら調達しました。日本ではこんなことは経験できません。

(現地スタッフの指導)

また、現地スタッフについても苦労しています。例えば最終的な成果物を見せて指示を出しても、それだけでこちらが期待するものは出てきません。ひとつひとつのステップを噛み砕いて説明し、途中途中でチェックをしていかなければなりません。そんなことを繰り返して現地スタッフも自立していくのだと期待しています。

(予約もよく変更)

それと、患者さんにも振り回されることが多いです。当院では事前に予約を受けるのですが、受診日の変更が良くあります。また、手術日時についても患者さんの都合で変更されます。その再調整が一苦労です。こちらの方は「ラッキーデイ、ラッキータイム」に対する信奉が強く、本来自然な母子のタイミングであるべき出産日時を設定したにも係わらず、突然それとは別な希望を伝えてきたり、予定帝王切開であっても休日・夜間・早朝を当然のものとして希望してくるため、母子にとっての最善策を理由を含めて提案するのですが、なかなか理解は得られず苦労しています。日本では考えられません。

◆やり甲斐/醍醐味とは

司会 岡和田院長は、当地での医療のお仕事をされている中でのやり甲斐とか醍醐味についてはどのようにお考えでしょうか。

岡和田院長

岡和田院長

岡和田: (我々の医療が受け入れられてきた)

赴任当初少ない処方で生活改善を見直す指導を中心とした診療は現地の患者さんには受け入れられませんでした。病院に来たからには、いろいろな検査を受け、たくさん薬を出すのが当然だというコメントをもらったことがあります。質の高い医療というのは、病気を診るのではなく患者さん一人一人の人間の生活を含めて診療することだと私は考えています。このスタイルを変えず今でも診療を行っていますが、患者さんの数が増えているということは、自分の行ってきたことが受け入れられてきているのだと理解しています。

ある銀行のマネージメントの方は、健康診断を一泊二日でシンガポールに受けに行っていたのですが、当院で受けるようになって、「午前中に健診を受けて、午後には会議に戻れる」と言って喜んでいました。しかしながら、今でもシンガポールやバンコクに家族を伴って“質の良い医療”を求めて渡航される方がいいますが、その時間的、金銭的な負担は比較になりません。当院のような病院を知って頂き、適切な医療の提供を今後も継続していきたいと思います。

腹腔鏡手術

腹腔鏡手術

(人材育成の実感)

上述のように、医療人材の育成には時間がかかりますが、確実に成長していることは間違いありません。私の下に現地人の副院長が2名できました。だんだんと組織の重要ポストを現地人に任せられるようになってきていますし、彼らにチャンスを与えてお互いに成長していきたいという考えがあります。また、医師のレベルも上がってきています。虫垂切除や胆嚢摘出など私が腹腔鏡手術を教え始めています。脳外科医もクリッピングやバイパス手術ができるまでになっています。彼らが成長し、将来カンボジア人がカンボジア人を育てるようになる仕組みづくりに貢献しているという実感は、大きなやり甲斐です。

 

司会 杉山先生はいかがでしょうか。

杉山:(この国の医療への貢献)

産婦人科杉山医師

杉山医師

当地には、日本の標準的な検査や治療で救える命がたくさんあります。そういった日本の医療を現地スタッフに教えることにより、この国の医療水準を上げることに寄与しているという実感があります。現地スタッフはとても素直で、教えたことを実践してそれが正しい診断や治療の成功に繋がるととても嬉しそうにしています。それを見るととてもやり甲斐を感じます。

 (日本品質に恥じない治療)

また、患者さんはここプノンペン周辺の方が多いですが、カンボジア全土、遠方からはるばる来てくださる患者さんも結構います。日本の病院に期待して私の診療を受けに来てくれるので、「日本品質」に恥じない診療をしなければいけないなと、襟が正される思いです。

(娘の応援)

もうひとつ、帯同してきた2人の小学生の娘も日夜仕事漬けの私を応援してくれているので、励みになっています。また、私が挑戦し続けることで、女性であっても母であっても、やりたいこともキャリアも諦めなくていい、こういう生き方もあるんだと娘たちだけでなく、日本やカンボジアで働く身近な女性たちに伝わればと思っています。

 司会 最後に岡和田院長にお聞きします。当地あるいは海外でお仕事される上で意識されていることはありますか。

岡和田:(存在意義)

4つ意識しています。一つ目は、存在意義の確立です。なぜこの事業をやっているのか、ミッションは何かを常に問いかけており、スタッフにも頻繁に発信しています。全ての意思決定、行動の拠り所にしています。

 (信頼の獲得)

二つ目は、現地スタッフからの信頼です。現地スタッフに期待どおりに働いてもらうには信頼を得ている必要があります。同じ事を言われてもAさんから言われれば納得するが、Bさんから言われると反発されるということがあります。そのためには、自分は外国人でありここで仕事をさせてもらっているという謙虚さが大事だと思っています。

カンボジア人スタッフと

岡和田院長とカンボジア人スタッフ

(多様性の尊重)

三つ目は、多様性を理解することです。相手の価値観を尊重し、自分の考えを押し付けないことが大事です。日本人同志でも考え方が違うのに国が違えばなおさらです。多様性を理解した上で企業理念やミッションを踏まえながら、現実的な落としどころを見つけていきます。

(コミュニケーション力)

最後は、グローバル・コミュニケーション能力です。単に英語力の話ではありません。英語のメールを出すだけで意図したことが伝わるとは限りません。内容によっては伝え方や伝える場所も意識する必要がありますが、その国の歴史や文化を理解し、飲みにケーションではありませんが平素から“伝わる環境”を整えておくことや、公平な判断力なども重要だと思っています。

 

日本の看板を掲げて医療と教育を担っていくことの責任は重大ですが、現地政府、患者/家族、医療人材からの期待は大きく、それだけやり甲斐のある貴重な経験ができるということで、日本の医療者にも是非チャレンジして欲しいと思っています。

 

司会 本日は貴重なお話、ありがとうございました。

サンライズジャパン病院 産科 岡和田院長、杉山医師

サンライズ・ジャパン病院(プノンペン) 

https://www.sunrise-hs.com

http://recruit.sunrise-hs.com