病院の竣工から30~50年が経過すると、経年劣化に加え雨漏りや亀裂などのトラブルが頻繁に発生したり、当初の病院施設の機能が実態に合わなくなることがあります。また、病院を取り巻く市場環境や診療報酬などの制度変更や耐震性の不足への対応に迫られたりし、病院の建替えという選択を真剣に検討せざるを得ない状況となります。

しかし病院の建替えは、多額の投資と検討開始から竣工までの長い期間を要する一大プロジェクトであり、病院のスタッフの中にはその経験を持つ人はほとんどいないのが実情です。そうした状況の中で、病院建替え事業を少しでも成功に導くため、我々のこれまでの病院建替えの実務経験から、主なポイントを5つに整理しました。

病院建替えを成功させる5つのポイント

病院の建て替えは失敗できない一大事業

1基本構想・基本計画に時間をかける。

病院建替えにおける基本構想とは、病院の理念に基づき自分たちの病院が将来どうあるべきかを描くことです。企業で言えば、経営ビジョンに相当します。基本構想では大きく分けて2つの手法があり、自分たちの病院の現在の状況について分析する内部環境調査と、病院の周辺環境(医療ニーズや競合病院)について分析する外部環境調査があります。

一方で、基本計画は基本構想を実現させるための基本的事項であり、主として部門別運用(各部門のヒアリングを含む)、人員配置、ICTなどの運営面の計画と、土地利用、部門配置、諸室諸元、空調、給排水、電気設備などの施設面の計画があります。経済的に成り立つかどうか、投資金額、収支計画、返済計画などの経済性検討(フィージビリティスタディ)もこの基本計画に含まれます。

基本構想・基本計画に時間をかける。

基本構想、基本計画が最も重要

この基本構想・基本計画は、病院建替え事業においては非常に重要なものであり、プロジェクトの骨格のようなものです。ここに十分な時間をかけることで、その後の設計、施工段階におけるブレを最小限に抑えることが可能となり、結果的には費用の超過やスケジュールの遅れのない、当初描いたとおりの病院建替えが実現するのです。

基本構想・基本計画に十分な時間をかけないと、経済性が成り立たない計画や、設計段階で追加変更項目がいくつも出てきて設計変更が必要な計画となり、時間や費用がかさむ原因となる場合があります。また、病院建替えのスケジュールにも影響を及ぼし、予定していた開院日が遅れることにもなりかねません。

では、基本構想・基本計画にはどのくらいの時間がかかると見込んでおけば良いのでしょうか。病院建替えの規模にもよりますが、200ベッド程度の病院の場合、基本構想と基本計画に対し1年程度見込んでおけば良いでしょう。その中で新たに追加される医療機能の検討や公的補助金や融資の検討も行われます。

2事業継続性の確保を最優先に考える。

事業継続性の確保を最優先に考える。

事業継続性が最優先

病院の建替えは、多額の初期投資を伴うことから、病院の存続にも関わる一大事業です。失敗すれば、病院スタッフやその家族、患者、地域社会などへの影響は計り知れません。したがって、その検討は慎重かつ十分に行っていく必要があります。

特に、病院建替え事業に関わる人は内部も外部も含めて、甘い計画になりがちです。投資額やスケジュールに余裕がなかったり、開院後の予想患者数や予想原価経費の見積もりが甘いと、将来、資金繰りが悪化し返済資金が不足する原因となります。

したがって、病院の建替えの検討においては、事業の継続性の確保を最優先に据えることが不可欠です。事業の継続性とは、「損益計算書上の税引利益を確保する」という観点よりも「減価償却費も加味したキャッシュフロー上の純現金収入を安定的に獲得し、手持ちの現金残高と合わせた合計が、マイナスにならない状態が維持できるか」ということです。極端な話、損益計算書で赤字でも手持ち現預金がマイナスにならなければ事業は継続できるのです。

事業の継続性を確保するための病院建替えにおけるポイントは以下の通りです。

1総事業費が適切かどうか十分検討する。

総事業費は事業の初期に支出され、開院してから20-30年をかけて回収していくものです。経営改善を実施して医業収入を増やすにしても限界があります。下記③にあるように、現実的な想定患者数をいじって医業収入を増やすような調整は将来の資金繰り悪化のリスクを招きます。総事業費が少なければ、それだけ将来の資金繰りが楽になり経営に余裕が生まれます。今投資する必要のない余計なものが含まれていないか、逆に不足しているものはないかといった点を検証することが重要となります。

2建設スケジュールを遅らせない。
資金繰りグラフ

投資額増加、収入減少など前提条件が悪化したケースでも資金繰りへの影響をチェックしておく

建設スケジュールの遅延はそれまでの計画の検討が不十分な場合や、追加要望による計画変更等が発生することによって引き起こされます。そのためスケジュールの遅延は、その変更に伴うコストが追加で発生することを意味しています。また、全体のスケジュールが遅れることは開院予定日の遅延にもつながります。開院予定日の遅延は、得られたであろう収入が得られない機会損失を招き、建設中のみならず開院後のキャッシュフローにも悪影響を及ぼすことになります。

3将来の予想患者数を大きく見過ぎない。

病院の建替えにかかる投資資金は、将来の収入から回収し、借入金の返済や減価償却費(次の建替えに備えて留保しておく資金)となります。そのため、基本計画で実施される経済性検討においては、将来の市場の変化を十分に検討した上で、努力次第で達成可能な予想患者数の範囲に設定しておくべきです。すなわち、将来の予想キャッシュフローを優先し、経済性検討において病院事業全体のキャッシュフローが回らない(借入金の返済に支障が出る)、あるいはギリギリの状態であれば、病院建替えの投資資金を見直し、絞ることによって、キャッシュフローが回るのかどうか再度評価をすることが重要です。

3病院内の各部門の利害を調整し、全体最適を図る。

病院建替え事業の基本構想の段階で、「将来のあるべき姿=病院の将来ビジョン」が固まってきます。その実現に向けて次の基本計画の段階において、病院各部門の現状、および新病院における自部門の要望や希望をヒアリングし、基本設計に落とし込んでいきます。

各部門は、それぞれの使い勝手を最優先に考える傾向が強く、必要スペースも広く要望しがちです。また、同じ部門内でも各個人の座る位置まで議論になることもあります。しかし、新病院全体の広さや投資金額には限度があり、その中で経済性のある計画にしなければならないことから、各部門の要望を全て取り込むことは不可能です。床面積が広がれば広がる程、部屋数が増えれば増える程、建築コストは上がっていきます。したがって、ある制限の範囲内で各部門の利害を調整し、全体最適を図る必要があるのです。

その調整をしていくのは、病院内部の人よりも、利害関係のない外部の人の力を借りることが望ましいです。病院内には人間関係のしがらみや、利害対立の関係もあると思われます。その点、コンサルタントなど第三者からの指摘は、納得感が得られやすいというメリットがあります。また、専門家は多数の要望/意見をテーマごとに集約して課題化を集約し、基本設計に反映していく手法に精通しています。専門家の活用により効率的に病院建替えを実現することが可能となります。

4適切なパートナーを選ぶ。

適切なパートナーを選ぶ。

いいパートナー選びが病院建替えの成功への近道

病院建替えという一大事業を成功させるには、様々な関係者の協力なしには成し遂げられません。病院内部での協力やチームワークも重要ですが、病院内の建替え担当チームとの共同作業を行う外部業者(コンサルタント、設計会社、建設会社等)の選定も重要です。
その選定には契約金額だけではなく、その会社の実績、特に自院と同規模の病院建替え事業の実績がどのくらいあるか、また、担当してくれる先方の責任者や担当者の実績はどの程度か、といったことも確認する必要があります。大手企業でも担当する人の実績が浅いのでは、やはり心配になります。

最後は、その選定過程での外部業者との電話、メールのやり取りや、面談や会議等の場の印象によって、うまくやっていけそうな相手かどうか、信頼できそうな相手かどうかなども含めて総合的に判断して、適切なパートナーを選ぶことが、病院建替えプロジェクト成功の重要な鍵のひとつとなります。

5地域に支持される病院となる。

1患者からの支持

病院建替えという大プロジェクトの成功は、建物が綺麗で先端医療機器の整った病院施設を完成させることだけで終わりではありません。病院建替え事業には多額の投資資金が投下されますが、その資金回収は新たな施設が開院してから始まります。
基本計画の段階で行った経済性検討の中で、想定した患者数を確保できるかどうかが重要なポイントです。そのためには、地域に支持され、患者から選ばれる病院であることが必要です。

厚生労働省が3年に一度行っている受療行動調査があります。それを見るとほとんどの患者が、何らかの理由により病院を選んでいることが分かります。

出所:厚生労働省 H29年受療行動調査統計表

(出所:厚生労働省 H29年受療行動調査統計表)

例えば、病床規模が100-499床の中病院を見ると、「医師による紹介」が35.9%と最も高く、「交通の便が良い」、「専門性が高い医療を提供している」、「家族・友人・知人からのすすめ」と続きます。「建物がきれい・設備が整っている」は8.9%と低くなっています。

要するに、建物がきれいなだけでは患者を集めることはできず、利便性がよく、医師や看護師、病院スタッフにホスピタリティがあり、適切な診断/治療を提供し医師や友人からの定評のある病院であれば、患者を集めることができると言えます。
(ただし、「建物がきれい・設備が整っている」ことが原因で、専門性の高い医師やいいスタッフが集まり、患者が集まるような口コミが広がる可能性も十分に考えられます)

実際には全てを満たすケースは少なく、患者の立場からはこれらの観点を総合的に見て病院の選択をしていると考えられます。建物は古いが立地が良く、医師の診察時間が他の病院に比べて長く親身に診てくれるので長年通っていると行ったケースも考えられます。

一方で、新築の病院や利便性がよい病院であっても、医師が診察中に一回も目も合わせない、上から目線で話す、短時間しか診てくれないような病院であれば、患者の信頼は得られず、その患者の再来院や良い口コミの醸成も期待できないでしょう。特に今の時代は各種SNSが普及しており、口コミは直ぐに拡散していきます。例えばGoogleマップの口コミを見ると、もう見るに忍びない悪い口コミが多数投稿されている病院もあります。(怖いのは一旦投稿された悪い口コミは簡単には消せないということです。)病院を探している人がこのような情報に事前に触れた場合、たとえ近くにある病院でも絶対にその病院が選ばれることはないでしょう。

2地元医療機関からの支持

上述の調査結果にもあるように、病床規模数100-499床の中病院の場合、患者の病院の選択理由のトップが「医師からの紹介」です。すなわち、患者は普段通っている医師の判断を信頼する傾向にあります。したがって、地元のクリニックや小規模病院との連携を強化し、信頼関係を構築していくことが重要です。そのためには、ホームページを使った自院の情報発信や地元医療機関を招いての医療交流イベントの開催、定期的な訪問などを通じて、地元医療機関に自院を良く知ってもらい、いざと言うときに患者に自院を紹介してくれる環境を作っていくような活動が必要です。

3地元住民からの支持

地元住民からの支持病院は、病気になった人を対象とするだけではなく、健康な地域住民も潜在顧客として捉える必要があります。例えば、地元住民の健康促進や病気予防などをテーマとした無料講座の開催や、文化的なイベントの実施など、平素から健康な人にも自院をPRし、どんな病院かよく知ってもらうことが効果的です。病気になった際、あるいは健康診断や人間ドックなどが必要になった際に、自院を選んでもらえるよう潜在顧客として囲いこんでおくような取り組みも重要なのではないのでしょうか。
また、救急病院であれば、安定した救急患者の流れを作るため、平素から救急隊へのPRや関係構築も重要です。その結果、「あの病院は救急患者の受け入れを断らない」という信頼が築ければ、安定した患者獲得にもつながることになります。

参考資料(無料)

病院建設/病院建替えをご検討の病院様に参考となる以下の資料を差し上げます。
ご希望の方は、お問い合わせフォームの内容に資料名をお書きの上、送信ください。折り返しメールに添付してお送りいたします。
(なお、下記資料は建て替えをご検討の医療機関様向けになっており、それ以外の方からのご請求はご遠慮ください。)

1)プロジェクトマネージメント方式による病院建替えサンプル工程表
2)熊谷総合病院の現場建替えプロジェクトの詳細資料
3)日揮のスクラップアンドビルド事例集(建替え手順図)